威徳寺境内への入り口です。山門の脇には大切な気づきを頂く法語が綴られています。
本堂の伽藍は1816年(文化13年)に火災にあい、1823年(文政6年)に再建されました。その後、屋根替えや土台上げ、令和元年の外板戸の修繕工事を経つつ、今に至っています。
本堂とともに火災にあい、翌年に再建されました。それ以来、毎朝夕に梵鐘が鳴り響き、大晦日には多くの参詣者が除夜の鐘をついています。
本堂前の石庭は美しく線引きされ、様々な草木が植えられています。この庭には鶴と亀が石で表現されています。参詣の折にはどうぞ探してみてください。
前住職、恭敬院釈遠城師が作られた石庭です。砂利と石を海と島だと見る人も、雲海と山頂を表すと見る人もいます。また、中央の大きな石と隣の小さな石は、親の虎が子の虎を見守っている様子だともいわれます。
恭敬庭と対になる庭です。季節ごとに表情を変える植物、木の実や水を求めてやってくる小鳥や昆虫たちと、瑞々しい命に溢れた空間です。
うずらの軸が飾られた客間です。かつて近隣の火災が威徳寺へ迫ったとき、この軸からうずらが飛び出し、火事を知らせたと言われています。
宗派を問わず、どなたでもお入り頂ける永代供養のお墓です。永代供養塔内には、弥陀三尊(南無阿弥陀佛の名号、観音菩薩、勢至菩薩)が安置されています。
威徳寺御廟には黒鳥の大地主であった鷲尾家のお墓があります。このお墓には大河津分水の建設に尽力し、洪水に苦しむ越後平野を救った鷲尾政直氏も眠っています。また、隣には第二回直木賞作家である鷲尾雨工氏のお墓もたっています。
永代供養塔内の弥陀三尊を模した三つの石(三尊石)が並ぶ石庭です。